「そこまで本当に必要なのか?」と訝しく思うほどデジタル録音はハイスペックになりました。
そして「ハイ・サンプリング対応付き」DACやCDプレーヤーが当たり前になりました。SACDの存続さえ怪しい不透明な現況において、将来登場する(かもしれない)CDフォーマットに備えるなんて、さすが地震大国日本のオーディオです。「備えあれば憂いなし」というところでしょうか。果たして、レコード会社や、音楽産業を乗っ取ったコンピュータ屋が、レッドデータブックに載るほど希少動物になったオーディオマニアの動向や期待に関心を持ってくれるのでしょうか?。それはともかく、今のところハイ・サンプリングに対応することは、「普通のCD」をメインソースとする音楽ファンにとってほとんど恩恵の無い付加機\能であり(少しの音の変化はあります。でも音楽の本質に関わるほどのものではない)、買わせるための流行のファッション・アイテムとしか思えません。
私達にとって、依然最大の関心事は、本当に聴きたいアーティストの演奏、歴史に残る名演、廃盤になった大切なCDやレコード・・・つまりは、愛着のあるCDやレコードの再生音であり、それらのCDやレコードに対する私達の 「もっと知りたい」、「もっと引き出したい」という情熱を満たすための方策です。
CDやSACDの音は依然アナログレコードファンを安堵させる(笑)「何かが足りない音」のままです。それは音の「生々しさ」と「躍動感」でしょう。まともなアナログ再生音が、「目の前で握ってくれる寿司」ならば、CDやSACDの高価なプレイバックシステムの音は、「解凍した握り寿司」です。わたしたちは、握り立ての「旨かったであろう」味をひたすら想像してCDやSACDの音を「旨い」と言ってきたのです。
これまでのCDやSACDのプレイバックシステムの音は「三人称過去形の語り」であり、「解凍した握り寿司」の味です。そのため、「今、ここに生まれつつある音楽」の当事者としてその現場に立ち会うための想像力をフルに動員しなければなりませんでした。完成品の音楽ほど毒にも薬にもならない、つまらないものはありません。音楽を聴く喜びは、演奏者と共に音楽を生み出すことの中にあるからです。
目の前で握ってくれる寿司の旨さは「二人称現在進行形の語り」の旨さです。
デジタル・ソースのプレイバックシステムが最優先すべき課題は、「普通のCD」に二人称現在進行形のスリリングな語り(演奏者とわたしの間で今起こりつつある事件)を語らせることです。しかし、簡単なことではありません。アナログレコードなら朝飯前のことなのですが・・・
曰く、「CDには超高域が入っていないから」、「デジタルノイズが邪魔するから」、「ジッターがあるから」、「ぶつ切りの音源だから」、「セパレーションが良すぎるから」・・・等など。
Stone Ageはこう考えます。アナログの音の変化とは物体の加速度の変化であり、カンチレバーの動きに振動板の動きを追従させれば(難しいことではありますが)レコードに「二人称現在進行形の語り」を語らせることができます。アナログの音の変化は「現象の変化」です。
デジタル・ソースはどうでしょう?。CDの場合44.1kHz、つまり0.0000226秒のタイミングで音楽情報が交替します。「現象の変化」ではなく、「現象の交替」です。
デジタル・ソースは、ある現象から0.0000226秒後にそれとは異なる現象に変えろとプレイバックシステムに命じます。しかも、加速度ゼロ(無限大の加速度)で。この「交替」の命令をまともに実行しようとすれば、質量を持つスピーカーの振動板を無限大の加速度で動かさねばなりません。そんなことは不可能です。
デジタル・ソースの再生は、そもそも原理的に不可能なことを、人間の聴覚を誤魔化すことで何とかやっつけてきたのではないでしょうか。オーバーサンプリングもデジタル・フィルターも品位の高い技術などではなく、ごまかしの技術であり、加速性の悪い、「トロい」プレイバックシステムを助ける「助け舟」にすぎません。
その「助け船」に頼り、人間の聴覚を甘く見たプレイバックシステムを作り続ける(使い続ける)限り、CDに二人称現在進行形のスリリングな語りを語らせることはできません。アナログ再生で人間の耳は騙せても、CDやSACDの再生では騙し切れないのです。人間の聴覚を甘く見すぎた結果です。
私たちは「ころっと騙される快感」に大金を投じているのであり、騙してくれないと腹が立ちます。
私たちは普通のCDでころっと騙されたいのです。そのためには、オーバーサンプリングでは騙せなかった人間の聴覚の「融通の無さ」に審判を仰ぎつつ、プレイバックシステムを構成する一つ一つのコンポーネントについて、その加速性能を引き上げるしかありません。それをやればいいのです。
尤もらしく言うと、「ピックアップレンズに入力された情報の時間軸上の配列を乱さずにスピーカーから音として出力する能力」を格段に高めることが不可欠です。でもハイスピードな素子頼みではダメです。「遅れてきた者」がその速さにブレーキを掛けるからです。コンポーネントが蓄積する電気と振動のエネルギーの代謝こそ「遅れてきた者」です。
オーディオシステムを通過する音楽信号は、システムのエネルギー代謝の影響によって絶えず遅延され、パーツやシャシーに加えられる物理的なストレスと過剰なダンピングの影響によって絶えず歪められています。そしてこの「遅延」と「歪み」は、間違ったオーディオ・デザインのトレンドによって益々酷くなっています。
今日も多くのデザイナーがコンポーネントを窒息させて得々としています。「無振動構造」などありえません。そのようなピュアイズムや原理主義的発想でデザインされた構造は、音のいのちを殺す「無感動構造」と呼ぶべきものです。音楽を歌わせたいなら、コンポーネントに楽にエネルギー代謝のできる構造を与えてやらねばなりません。
コンポーネントも呼吸する生き物なのです。
「歴史の選択手続きは、だれがどこへ一番乗りをしたかということにはあきらかに無関心である。そうではなくて、だれが、何をもっとも鋭敏な感覚をもってしたかに深い関心を示す。」
( グレン・グールド「著作集1」 野水瑞穂訳 みすず書房 )
Stone Ageの役割は、オーディオに革新的なテクノロジーを持ち込むことではありません。移り変わりの激しいオーディオの歴史の中から最良の種子を見つけ出し、飽きることのない旨い果実を作ることです。
Stone Ageのプロダクツで、聴き馴染んだCDやレコードを聴いてください。演奏が始まった瞬間から時の経つのを忘れ、音楽に没入してしまうでしょう。
その時あなたはアーティストと一体となって音楽を生み続けているのです。エクスタシーに包まれて・・・・
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